■最終生産拠点をカンボジアに決めたきっかけ・理由、及びブランド設立から現在まで

日本ではできない、素材に一からこだわった唯一無二のものづくりをしていきたいという想いから、素材原産地の多い東南アジアで生産拠点(糸のサプライヤーと織元)を探すことから始めました。

 

しかし、2011年4月の独立当初、そこに全くツテはありませんでした。そしてインターネットに依るサプライヤー情報も信憑性が低いものが多かったので、これまで自身が経験してきた知識と技術を頼りに、先ずは約半年掛けて、自身の目で、色々な国の生産現場を見ていこうと思い、東南アジア諸国を駆け巡りました。中国、インド、ベトナム、タイ、ミャンマー、ネパール、バングラデシュ、ラオス等、各国に住む現地の人々からの生の情報を頼りに、様々な地域へ調査に出向きました。

 

当時より、温暖化が進む地球環境の変化と、需要と供給における関係から、日常生活の中で化学繊維の需要が主流になりつつありましたが、アジアには未だ自然に恵まれた天然繊維の産地が実際に多く存在していました。

 

最終的に素材となる天然繊維はインドが豊富で、各繊維の産地も身近にあったり、縫製業も多くありました。中国でも良質な素材を扱うサプライヤーと出会うこともできましたが、各繊維の産地までの距離が広大すぎてなかなか移動も大変でした。そこで当初は、インドを最終生産拠点として始めることを模索していたのですが、総合的判断で、最終縫製拠点に関しては他国で行うことを再考することにしました。

 

 

その後、2012年1月、ふと旅の道中に行き着いたのがカンボジアでした。

 

カンボジアは、まだまだ発展途上の国ではありますが、縫製業と手織産業の高いポテンシャルがありました。さらに日本人の感性とも近いホスピタリティ溢れる国民性と、ものづくりと真摯に向き合う人々がおり、カンボジアでのビジネスに協業可能性を感じました。そこで、カンボジアの人々をパートナーとして、日本の縫製技術及び品質管理とカンボジア職人の腕を組み合わせ、カンボジアで最終縫製を行うことに決めました。過去からの確かな技術を受け継ぐカンボジアの伝統工芸は、今尚とても素晴らしいので、私はこのレガシーを守りながらも、時代に寄り添う形で彼らと進化を目指せたらと考えました。

 

但し、カンボジアには1970年代後半のポルポトの内戦による影響で、あらゆる産業は一度破壊され、現在も尚、繊維産業がほとんどない為、素材供給は万全とは⾔い難く、カンボジア国内での素材集めには苦労しました。内戦後にわずかに生き残った養蚕業が伝統産業として続いていたので、先ずはシルク糸を取り扱おうと思いました。カンボジアの養蚕現場のある各地を回り、村に⾶び込んで見学をさせていただきました。カンボジア北部のバンテミンチェイ州、南部のタケオ州、東部のモンドルキリ州のいくつかの村では、品種改良の行われていない、自然の蚕を桑の葉を餌に育て、その繭から⽷を紡いでいました。それがまた美しい色の⽷で、丈夫な品質で魅了されました。現在は、カンボジア原産のシルク糸の取り扱い(製品に依る)に関しては、タケオ州の養蚕農家からのものを使用しております。しかし、当時よりその希少さから、素材調達をすべてカンボジアで行うには限界があることは感じていました。質の⾼い商品を⽣み出すためには、やはり素材となる天然繊維を広く周辺諸国から厳選し、カンボジアへ輸入して⽣産する必要があると感じました。

 

 

そして、2012年4月、次の仕事として、安定供給の素材探しを周辺諸国で行うことを始めました。前述のように、主にインド国内の糸のサプライヤーや織元へ再訪しました。インドで⾒つけたとある仕⼊れ先はインド北東部の⼭奥にあり、タクシーで⾏ったのですが、運転⼿にこんな⼭奥に何があるんだ、と不安がられたこともあります。当時より、取り扱う素材の生産現場を⾃分の⽬で確かめるために、あらゆる場所へ訪問してきました。海外では、事前情報で気をつけていたとしても、ときに、危ない目にも何度かありました。しかし、そのリスクを取ったとしても、自身で納得する素材と出会うまでは、当時、前に進む以外はありませんでした。

 

その後、自身の⽬で選んだ確かな素材のみを厳選していきました。そこから、糸から生地に仕立て上がるところまでを確認し、少しずつ取引を開始させ、今日まで各素材のサプライヤーネットワークを構築してきました。現在、糸や生地は主にインドからカンボジアに仕入れており、ときに糸のみを仕入れる場合は、カンボジアで生地織り(手織り)をして仕立てるようにしております。(※インド以外の国から素材を仕入れる場合もあります。)

 

素材仕入れを確立させた後に、2012年8月、再びカンボジアへ戻り、我々は縫製スタッフの技術を十分発揮できる工房環境をカンボジアのプノンペンに構え、少しずつ縫製設備を形作ってきました。新しいスタッフとともに、製品の試作を徐々に開始し、安定品質のトレーニング、パターン効率等の実践も積極的に進め、日本品質の製品をお届けできるよう、ものづくりに掛ける想いの共有もし、日々改善も行ってきました。さらに、スタッフが創造性ある商品を作り、提案するための能⼒にも⼒を注いできました。

 

又、染色・手織による生産も、現地の人々との協力に依り、少しずつ生産ラインを実現させてきました。糸や生地の染色では、この地の植物から採れる自然原料を収集し(地元農家さんに協力依頼)、天然繊維を活かす伝統的な製法で染め上げ、糸から布にする工程では手織職人達の熟練した手織技術をもとに布を仕立て上げ、ようやく自身のこだわりのある生地を完成させることもできるようになりました。

 

その後、2012年10月、リンネ・オーガニクスというブランドを設立するに至りました。

 

設立後、しばらくは、異国の地ならではの様々な壁に当たることが多々あり、日本での常識ももはや通じないことも経験し、厳しい現実と試行錯誤の繰り返しでしたが、その都度なんとか乗り越え、リンネ・オーガニクスというブランドに託したコンセプトも大事に守りながら、ビジネスを持続・進展させていきました。

 

この地では、モノを企画・販売して利益を生み出す、という資本主義の経済活動がベースにありながらも、決してそこを最終目標にしているのではありません。まずは雇用に始まり、職人の手から手を通じた技術継承、円滑なチームづくり、一人一人の能力が最大限発揮できる最適な職場環境の整備をしながら、グローバルな市場で闘うための製品開発を少しずつ行ってきました。

 

職人や生産者人口の減少が進む日本において、このようなアジア諸国との強い連携や協業を進めながら、日本人らしい固有の感性やデザイン・技術を活かし、未来を見据えて共に成長できる関係が今後、切に望まれているように、この地カンボジアで活動しながら身を持って深く感じる日々を過ごしています。我々は消費者は勿論、生産者にも心から喜んでもらえるようなものづくりに引き続き取り組んでいきたいと思います。

 

 


■プロフィール(制作者紹介)

スレッド・アンド・コー株式会社(Thread & Co., Inc.)

代表取締役 大束 竜義 (Tatsuyoshi Otsuka)

 

テキスタイルデザイナー パタンナー

 

1980年生まれ
京都工芸繊維大学 繊維学部 デザイン経営工学科 卒業

大学ではプロダクトのデザインや染織等の研究を主に専攻し、卒業。

 

その後、京都市の繊維商社(反物/和装製品の製造販売)に就職。
和装雑貨等の商品企画と販路開拓に従事。

 

2011年4月 独立

前職での経験から、日本ではできない、素材に一からこだわった唯一無二のものづくりをしていきたいという想いから、素材原産地の多い東南アジアへ渡航。

素材毎の仕入先を調査。

 

2012年1月

カンボジアのプノンペンを最終縫製地に決め、移住。

工房を構え、自らパターン制作やサンプル縫製も行いながら、新しいスタッフと試作・販売を開始。素材は主にインドから仕入れを行う。

天然染め、手織に依る生地制作にも着手し、現地職人との連携を深めていく。

 

2012年10月

リンネ・オーガニクスを設立。

天然素材の機能性と肌触りに特化したオーガニックブランドとして、インナーウェアを中心に、プノンペンの小売店で販売を開始。

 

2014年8月

カンボジア王室のマリー王妃が設⽴した人道支援組織Sobbhana(ソバナ)の⼀部⾨である、カンボジアのシルクの復興と製品開発を⽀援するソバナブティックの製品開発のアドバイザーとして2016年末まで協業。

 

 

その間、同時に、孤児院を運営する団体FLOの一事業である物販事業で、販売収益支援の一貫として、日本向けのシルク生地やシルク帯の製品制作で協業。

 

 

2017年以降
国内外の様々な展示会に出展しながら、アジア、ヨーロッパの小売店を中心に、卸販売も開始。


 

2020年現在

現地縫製スタッフ15名とともに、引き続き当ブランドの運営を行う。

大学時代から社会人を経て、これまでものづくり一筋。